世界川紀行

揺れるスコットランドと変わらぬ河川景観

在エディンバラ日本国総領事館  村田 陽子氏

「エディンバラ」と聞いて、すぐにイギリスにある町を想像する人はまだ多くはないかもしれませんが、「スコットランド」と聞けば、「独立運動」を連想する人が少なくないと思います。私が、2016年3月に、ここエディンバラ総領事館に赴任してからも、この「独立運動」に関わる議論は、休むことなくニュース等に取り上げられています。現在、スコットランドの政策決定等は、1999年に英国中央政府からスコットランドに権限移譲がされ、スコットランド議会及びスコットランド政府の設立後は、多くはスコットランド内で決定可能となっています。しかし、このことが、連合国家にも拘わらず、イングランド、ウェールズ、北アイルランド、そしてスコットランドといった4つの地域(図1参照)で、細かい点で足並みが異なっているといった特色の要因ともなっています。

さて、今回の私の寄稿において紹介させていただくスコットランドの話題として、私が赴任してから歴史的な記録になりつつあることを、いくつか紹介したいと思います。

図1 英国の4つの区域の位置図
図1 英国の4つの区域の位置図

英国、Brexit(ブレグジット)を選択

図2 EUからの離脱の是非を問う国民投票結果
図2 EUからの離脱の是非を問う国民投票結果

ご存じのように、2016年6月に、英国は国民投票により欧州連合(EU)から離脱することを選択しました。俗にいう「Brexit(ブレグジット)」(※英国(Great Britain)と退出・離脱(exit)を組み合わせた造語)です。今年3月末には、メイ首相より、EUからの離脱宣言が正式に提示されました。また、離脱手続きに関する議会での議論を円滑に進めることを期待して、メイ首相は解散総選挙を行うことを4月に宣言し、その選挙が6月8日に行われました。しかし、結果は、メイ首相が4月に期待したようにはなりませんでした。今後の英国の動きが一体どんな歴史展開を見せるのかは、今のところ誰も予見でき

ここで改めてEU離脱の結果について確認すると、英国全体としては、離脱51.9%、残留48.1%(図2参

照)ですが、スコットランドでは離脱38.0%、残留62.0%といった結果でした。他の3地域について見ますと、北アイルランドもスコットランドと同様に残留が多く、イングランドとウェールズは離脱が多い結果でした。このように、地域での選択が異なっているため、現在も英国の人々の思いは揺れているようです。

そんな状況の中、やはり連合国家だなとしみじみ感じた政策について、話題を変えたいと思います。

新1ポンド硬貨登場

英国に来るにあたって、EU圏なのに英国はなぜユーロ通貨ではないのか、といった疑問を抱く人は少なくないと思います。ちょっと調べたところ、現時点(2017年6月)EU加盟国28ヵ国のうち英国を含む8ヵ国は、ユーロ以外の独自の通貨を使用しています。本来EU加盟国はユーロの使用が義務付けられているようですが、英国とデンマークは適用除外規定が決められているそうで、残りの6ヵ国はユーロ導入に伴う基準が満たされない等が理由のようです。

 

では、硬貨についての話題に進みましょう。

英国の硬貨は、8種類(写真1 ※この写真の1ポンドは旧硬貨)ありますが、このうち、1ポンド硬貨が今年の3月から新しいデザインとなりました。そもそもこの1ポンド硬貨、なぜ更新されたかというと、偽造防止が目的とのことです。確かに私がエディンバラに来た当初、1ポンド硬貨はものによっては厚さが若干異なっており、現代の硬貨にしては少々製造の質が劣っているなと感じたので、今回の更新について容易に理解できました。参考情報ですが、新1ポンド硬貨の発行に伴って、旧1ポンド硬貨は今年(2017年)の10月15日から使用不可になるのでご注意ください。

 

写真2は新1ポンド硬貨の裏のデザインなのですが、4つの植物が描かれていることを確認できるでしょうか? 左からイングランド(Rose:赤いバラ)、ウェールズ(Leek:西洋ネギ)、スコットランド(Thistle:アザミ)、北アイルランド(Shamrock:クローバー)と4つの地域を象徴する国花を示しています。

写真1 英国の硬貨
写真1 英国の硬貨
写真2 新1ポンド硬貨
写真2 新1ポンド硬貨
写真3 リース川沿いに咲くアザミ
写真3 リース川沿いに咲くアザミ

ちょっと脱線しますが、13世紀のスコットランドの独立を率いたウィリアム・ウォレスを題材とした映画「Brave Heart」で、ウォレスがまだ幼い時に父親が殺され埋葬された際のシーンで、幼い少女(後に短い期間でしたが密かに妻となったミューロ)から手渡された一輪の花が「アザミ」なのですが、この植物を使用したことに意味があったことを、当地に赴任してから気づかされました。私の場合、若干映画のイメージ等で洗脳されている部分もあると思いますが、当地で見るしっかりとした棘をもつアザミからは、何か強そうで歴史の漂いを感じさせられます。写真3は、エディンバラ総領事館のそばを流れるリース川沿いに咲いているアザミです。

21世紀の「フォース橋」、2017年開通

スコットランドが誇る優秀な人材は数多くいますが、スコットランドで活躍をした日本人も多くいることをご存じでしょうか。そのうちの一人をご紹介します。今から約130年前に、渡邊嘉一(かいち)という日本人技師が、エディンバラの北にあるフォース湾に架かる「フォース鉄道橋」(全長約2,500m)の建設に係わっていました。

写真4に示すスコットランド銀行が2007年より発行している20ポンド札に渡邊嘉一が描かれています。紙幣右上の「20」のゼロの丸の中に描かれている人物が渡邊嘉一で、紙幣の真ん中に描かれている橋が、1890年3月に開通し、2015年に世界遺産に登録され、今も現役のフォース鉄道橋です。写真5は紙幣のデザインになったオリジナル写真で、渡邊嘉一の両隣の2名は、この橋の設計・監督に一緒に関わった人物(共に鉄道技師のジョン・ファイラーとベンジャミン・ベイカー)です。1882年に着工し、1887年のほぼ完成時期において、自らが模型の一部となって橋の安全性を証明した際に、撮影されたものだそうです。模型による実証実験は、現在においては説明の際の一つの手法とされますが、この時代に、このように、設計者自らが体を張って模型実験をしていたことに、私はエンジニア魂のようなものを感じました。しかし、この実験が真に必要とされたのは、この橋の計画が持ち上がった最中、ここよりも北にあるテイ湾に架かった、1878年に開通したばかりのテイ橋(全長3,264m、当時世界一の長さを誇った)が、翌年通過中の汽車を巻き込み崩落するといった大惨事があり、その不安を払拭するため、設計者かつ監督者ら自らが人間模型となって説明責任を果たしたようです。

写真4 日本人技師が描かれている20ポンド紙幣
写真4 日本人技師が描かれている20ポンド紙幣
写真5 人間模型
写真5 人間模型

フォース鉄道橋が完成した後に、ここより少し上流に、道路橋のフォース橋が1964年に開通しました。そして、そのまた少し上流に、もう一つの道路橋のフォース橋が現在建設されており、今年の夏に開通予定です。当地では、このフォース湾には19世紀、20世紀、21世紀といった3つの世紀の橋が架けられているといった説明がされつつあるようです(写真6)。

写真6 フォース湾に架かる3つのフォース橋
写真6 フォース湾に架かる3つのフォース橋

変わらぬ河川景観

さて、「川と人」というタイトルの冊子への寄稿において、湾に架かる橋には触れたものの、河川の話題がないのは少々寂しいかと思い、スコットランドの川の景観として代表的な場所として、ウィリアム・ウォレスがイングランド軍に勝利したというあたりのフォース川の景観を紹介します。

写真7 ウォレス・ナショナル・モニュメントからのフォース川の眺め
写真7 ウォレス・ナショナル・モニュメントからのフォース川の眺め
図3 エディンバラと札幌の月別降水量(1981年~2010年)
図3 エディンバラと札幌の月別降水量(1981年~2010年)

写真7は、エディンバラから車で1時間ほどのところにあるウォレス・ナショナル・モニュメント(写真8は外観、写真9は展望台への階段。非常に狭い)という、1869年に完成した塔から眺めたフォース川です。写真7に写っている範囲はごく一部ですが、見事な蛇行が確認できると思います。スコットランドの河川は、日本でよく見られるショートカットの河道も人工的な堤防整備もほぼ見受けられず、原始河川の風貌を残しているようです。図3はエディンバラと札幌の月別降水量のグラフですが、図から分かるように、日本のような顕著な降雨変動が見られないことが、原始河川を保存できる要因の一つなのかもしれません。

写真10は、フォース川右岸側に位置するスターリング城から眺めた景観です。住宅地の拡大はされたものの、おそらく、ここから見る河川を含む大地は、13世紀にウォレスがイングランド軍との戦いにおいて戦略を練るため幾度となく眺望し、1297年9月11日に、ウォレスが勝利を収めた頃からあまり変わってはいないのではないかと想像します。

最近、スコットランドを巡る際は、歴史の知識を少し備えておくと、その味わいに深みが増し、面白いと思うようになってきました。残す赴任期間、まだまだスコットランドを満喫できたらと思っています。

写真8 ウォレス・ナショナル・モニュメント
写真8 ウォレス・ナショナル・モニュメント
写真9 ウォレス・ナショナル・モニュメントの中(246段の階段の一部)
写真9 ウォレス・ナショナル・モニュメントの中(246段の階段の一部)
写真10 スターリング城から眺めた景観
写真10 スターリング城から眺めた景観